大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 平成10年(ワ)3079号 判決 2000年6月27日

原告

三苫清隆

ほか三名

被告

武石喜代二

ほか一名

主文

一  被告らは、原告三苫清隆に対し、連帯して、金一八七三万〇六七六円及びこれに対する平成七年九月一五日から支払済みまで年五分の金員を支払え。

二  被告らは、原告三苫慶子に対し、連帯して、金一七六五万〇〇七六円及びこれに対する平成七年九月一五日から支払済みまで年五分の金員を支払え。

三  被告らは、原告三苫文湖に対し、連帯して、金一七六万円及びこれに対する平成七年九月一五日から支払済みまで年五分の金員を支払え。

四  被告らは、原告有限会社清渓に対し、連帯して、金二四八万〇七三三円及びこれに対する平成七年九月一五日から支払済みまで年五分の金員を支払え。

五  原告らのその余の請求を棄却する。

六  訴訟費用は、これを四分し、その一を被告ら、その余を原告らの負担とする。

七  この判決は、右一ないし四について仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告らは、原告三苫清隆に対し、連帯して、金七六五七万八三八二円及びこれに対する平成七年九月一五日から支払済みまで年五分の金員を支払え。

2  被告らは、原告三苫慶子に対し、連帯して、金七三五二万六五三五円及びこれに対する平成七年九月一五日から支払済みまで年五分の金員を支払え。

3  被告らは、原告三苫文湖に対し、連帯して、金三三〇万円及びこれに対する平成七年九月一五日から支払済みまで年五分の金員を支払え。

4  被告らは、原告有限会社清渓に対し、連帯して、金三一〇万八五〇八円及びこれに対する平成七年九月一五日から支払済みまで年五分の金員を支払え。

5  訴訟費用は被告らの負担とする。

6  1ないし4につき仮執行宣言

二  被告ら

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二事案の概要

本件は、被告武石喜代二(以下「被告武石」という。)が運転する普通乗用自動車(以下「被告車」という。)が、車外にいた亡三苫剛嗣(以下「亡剛嗣」という。)及び亡剛嗣が運転していた普通乗用自動車(以下「原告車」という。)に衝突し、亡剛嗣が死亡した交通事故(以下「本件事故」という。)について、原告ら(亡剛嗣の両親、妹、原告車の所有者である原告有限会社清渓〔以下「原告会社」という。〕。)が、被告武石及び被告車の保有者、被告武石の使用者である被告株式会社丸石左官工業(以下「被告会社」という。)に対し、自動車損害賠償保障法三条、民法七〇九、七一五条に基づいて損害の賠償を求めた事案である。

第三争いのない事実

一  当事者

1  亡剛嗣は、本件事故当時、二一歳の大学三年生の男子であった。

2  原告ら

原告三苫清隆(以下「原告清隆」という。)は亡剛嗣の父、原告三苫慶子(以下「原告慶子」という。)は亡剛嗣の母であり、亡剛嗣の被告らに対する損害賠償請求権について、各二分の一ずつを相続した。

原告三苫文湖(以下「原告文湖」という。)は、亡剛嗣の妹である。

原告会社は、本件事故当時、原告車を所有していた。

3  被告ら

被告武石は、本件事故当時、被告会社の従業員で、被告車を運転していた。

被告会社は、本件事故当時、被告車を所有していた。

二  本件事故の発生

1  日時

平成七年九月一五日午前六時三〇分ころ

2  場所

東京都大田区羽田空港三丁目五番先首都高速湾岸線西行道路(以下「本件道路」という。)

3  被害車両

(一) 被害車両 原告車(普通乗用自動車 横浜三四す三七三一号)

(二) 運転者 亡剛嗣

(三) 所有者 原告会社

4  加害車両

(一) 加害車両 被告車(普通乗用自動車 習志野五三て七〇八六号)

(二) 運転者 被告武石

(三) 所有者 被告会社

5  事故態様(争いがないもの)

前記日時場所において、被告武石が大井方面から神奈川方面に何かい進行した際、停止中の原告車及び亡剛嗣と衝突した。なお、本件事故直後、水上信運転の普通乗用自動車(以下「水上車」という。)が、さらに被告車に衝突した。

6  事故の結果

本件事故により、亡剛嗣は、頭蓋内及び胸腔内臓器損傷の傷害を負い、同日午前七時五五分ころ、右傷害により死亡した。

また、原告車は、本件事故により大破した。

7  責任原因

被告武石は、被告車の運転者であり、前方注視義務を懈怠したから、民法七〇九条に基づき、被告会社は、被告車の保有者であり、これを運行の用に供していたのであるから、自動車損害賠償保障法三条に基づき、また、被告会社は、被告武石の使用者であり、本件事故は、被告会社の事業の執行につき起きたから、民法七一五条に基づき、本件事故により亡剛嗣及びその両親、妹、原告車の所有者である原告らが被った損害を賠償する義務がある。

第四争点及び争点に関する当事者の主張

一  事故態様

(原告らの主張)

本件事故は、被告武石が被告車に同乗者五人を乗せて走行中、前方を注視せず、漫然と、居眠りあるいは半覚醒状態で、時速一〇〇キロメートルを超える速度で進行し、停止中の原告車及びその右脇にいた亡剛嗣に全く気付かず、または至近距離に至るまで気付かず漫然と進行した過失により、何ら回避措置を講じることなく亡剛嗣及び原告車に被告車前部正面を衝突させ、亡剛嗣を右前方約二三・五メートルの地点まで跳ね飛ばし、死亡させたものである。本件事故現場付近は、二キロメートル以上も直線かつ平坦な状態が続くため、見通しは極めて良好であること、本件事故は、日の出から既に一時間以上経過し、十分明るい午前六時三〇分ころ発生したこと、当時、雨は降っていたが、降雨量は少なく、霧も、もやも出ておらず、約三〇〇メートル前方を見通すことが可能であったこと、本件道路を走行する車両は少なく、被告車前方左右を走行する車両は存在しなかったこと、被告武石が前方を注視していれば、本件事故現場の少なくとも一〇〇メートル以上手前の地点において、原告車が、進行方向と反対側を向いて停止していることをはっきりと認識することができたこと、本件事故直前に関して、被告武石は、捜査段階において一貫性のない供述をしていること、進行方向とは反対側を向き、斜めに停止していた原告車が、走行しているようにみえるはずがないこと、被告武石は、反射的に急転把する等、衝突を避ける措置を何ら講じないまま、本件事故現場においては安全な車線右端中央分離帯傍まで退避した亡剛嗣に衝突したことからすると、被告武石は、亡剛嗣の存在に全く気付かず本件事故を惹起しており、その前方不注視の程度は重大である。

なお、原告車、被告車と同一年式、同様の走行距離の車両を用いた原告らによる走行実験(以下これらを総称して「走行実験」という。)の結果によると、本件事故当時、原告車を事前に認識することは十分可能であったこと、ハンドルをわずか拳一つ分切っただけで、本件事故を回避できたことは明かである。

原告車は、本件事故に先立ち、亡剛嗣が本件道路の第一または第二走行車線を進行中、氏名不詳者の運転する後続車両に追突されたため、その衝撃により半回転して本件事故現場に進行方向とは反対向きに停止していたものである。本件事故現場付近の環状八号道路料金所職員榎本勝男(以下「榎本」という。)が、原告車が後続車両により追突された際に発生したと思われるどかーんという大きな音をきいたこと、ガードレールには明かな衝突痕がないこと、本件事故現場付近は、見通し良好な、約二キロメートル以上直線が続く道路で、走行車両も少なかったのであるから、スピンする程の急転把、急制動の措置を講ずる必要性がなかったこと、原告車はABSを装着しており、簡単に、逆向きにスピンするとは考えられないこと、縁石に接触したのであれば、当然存在するはずの痕跡が、原告車の右側にはなく、追突当て逃げの根拠となる、左前後輪のタイヤ及びホイールに擦過痕が明確に存在していること、交通事故鑑識の専門家である大慈弥雅弘が、原告車が停止した原因は、他の車両により追突を受けたことに起因する可能性が極めて高いと述べていること、亡剛嗣の慎重な性格、日ごろの行動から、無謀運転をするとは考えられないこと、亡剛嗣は、原告清隆を羽田空港に送り届けた帰途であり、急ぐ必要性はなかったことからすると、原告車が停止した原因は、後続車両が追突、当て逃げしたためであることが明かである。

(被告らの主張)

本件事故は、被告武石が、被告車を運転し、本件道路を大井方面から神奈川方面に向けて、時速約九〇キロメートルで第三通行帯を走行中、前方に停車中の原告車を発見したため、急制動の措置をとり、かつハンドル転把により衝突を回避しようとしたが、折からの降雨により、制動、転把とも思うにまかせず、原告車付近に佇立していた亡剛嗣及び原告車に衝突したものである。ハンドルには、いわゆる「あそび」の部分があり、拳一つ分ハンドルを切ったからといって、進行方向が変化するわけではない。また、高速道路で、しかも降雨により路面が濡れている状態でハンドル操作を急激に行うことは、被告車を制御不能の事態に陥らせる危険性がある。

亡剛嗣は普通乗用自動車を運転中、降雨、あるいは何らかの原因でハンドルを取られ、中央分離帯の縁石ガードレール及び支柱に接触して、ハンドル操作の自由を失い、反転し、ガードレールの支柱等に衝突して、どかーんという音を出した上で停止したものである。本件事故現場手前の道路中央分離帯の縁石等に擦過痕が生じていること、原告車と追突車両の破損による残置物が発見されていないこと、榎本も、どかーんという音を聞いた後、本件事故現場付近に停止している車両や、付近から発進加速していくような車両を見ていないこと等からすると、原告車が本件事故現場に停止した原因は、追突当て逃げではなく、自損事故によるものというべきである。

二  過失相殺

(被告らの主張)

高速道路上を運転する者は、降雨を考慮して速度を調整する等、自損事故を惹起しないようにすべき注意義務を負担するのみならず、仮に自損事故を惹起した場合には、本件事故の際、強い降雨のために、もやがかかった状態で視界が悪かったのだから、みだりに車外に出ないことはもちろん、車外に出たとしても、自ら安全な場所へ避難する必要があるばかりでなく、後続車両に対しても、注意を喚起するための発煙筒や三角停止板を設置する義務を有する。

本件事故は、高速道路上で発生したものであるが、亡剛嗣は普通乗用自動車を運転中、降雨、あるいは何らかの原因でハンドルを取られ、中央分離帯の縁石ガードレール及び支柱に接触して、ハンドル操作の自由を失い、反対向きに停車した。その上、停車位置が追い越し車線である第三通行帯であるにもかかわらず、車外に出たばかりか、ハザードランプの点灯、発煙筒、三角停止板の使用等により後続車に対し危険を知らせる行為を行なわず、漫然と、停止した原告車の近くに佇立していたのであるから、自己及び後続車両に対する危険防止のための措置を講じなかった過失が存在する。高速道路の中央分離帯付近は、追越車線であり、決して安全な場所ではなく、むしろ最も危険な場所である。亡剛嗣は、本件事故現場付近に原告車が停止した後、少なくとも二〇秒程度は運転席において車両の向きを変えようとしていた。その間、自動車の運転手として、ハザードランプを点灯させることが、最も早く、かつ安全に原告車の存在を後続車両に知らせる手段(高速道路においては、何らかの原因で、低速走行の車両も存在するが、低速走行の車両に対し、高速走行の車両が後方から接近すると、前方の車両が停止しているように見えることは珍しいことではない。そこで、実際に停止している車両は、ハザードランプ、発煙筒等により、後続車に対して、停止禁止の高速道路内で停車していることを明らかにする必要がある。実際、本件事故後、水上車が、原告車、被告車の停止に気付くのが遅れて追突したのである。)であるのに、これを怠った。さらに、車外に出るのであれば、発煙筒や三角停止板の設置を行うべきであるし、仮に後続車両のことを度外視し、亡剛嗣の安全のみを考慮するのであれば、まず路側帯方面へ避難すべきであった。

よって、原告らの損害算定に際しては、亡剛嗣の右過失を斟酌すべきである。

(原告らの主張)

前記のとおり、原告車が本件事故現場において、進行方向と反対向きに停止したことにつき、亡剛嗣に何らの過失は認められない。亡剛嗣は、追突当て逃げにより原告車が停止した後、後続車両に気を配りながら被害車両を発進させようとしていたが、発進させることができなかったところ、被告車が不意に車線変更をして進行してくるのを見て危険を感じ、身を守るために車外に出て中央分離帯の傍に退避した。高速道路の二つの車線を横断して、路側帯方面に避難することは、到底安全な行動とはいえない。亡剛嗣のとった右行為は、最善の行為であり、何ら非難されるべき点はない。また、被告車は、遅くとも、車線変更後、約四秒で原告車に衝突しており、原告車の中で被告車を発見した亡剛嗣とすれば、降車して退避するのが精一杯であって、助手席の奥から発煙筒を手にしたり、トランクに収納されている三角板を取り出して組立てている時間的余裕がなかった。仮にこれらを使用することができたとしても、居眠り運転をしていた被告武石は、本件事故を回避することができなかったはずである。亡剛嗣は、被告車に危険を知らせるために、髪を結っていた日本手拭いを手で振りながら避難したものと思われる。

亡剛嗣は、自らの存在を被告武石が当然に気付き、衝突を回避するものとして、的確な判断を下したが、被告武石の、前方注視を完全に怠り、漫然と被告車を運転し、かつ、事故回避の措置を全く取らなかったという重大かつ一方的な過失を原因として、本件事故は発生したものである。

よって、原告車が本件道路上に停止するに至った原因は不可抗力であり、停止後に亡剛嗣がとった行動に不注意と責められるべき点は何ら存在しないことから、本件事故において、過失相殺が問題となる余地は皆無である。

三  損害

(原告らの主張)

1 亡剛嗣の損害 合計 一億四二六七万六一〇六円

本件事故により、亡剛嗣が被った損害は、合計一億四二六七万六一〇六円であり、原告清隆及び原告慶子は、その各二分の一(七一三三万八〇五三円)を相続した。

(一) 入院関係費 六万三五四〇円

(二) 逸失利益 一億一二六一万二五六六円

亡剛嗣は、本件事故当時、大学生であったので、本件事故がなければ大学を卒業した平成九年四月一日から大卒男子として就職することを前提として逸失利益を算定すべきである。

亡剛嗣は、心身共に健康であり、学業人格共に高く評価されていたので、卒業後は大企業に就職することが確実であった。亡剛嗣が所属した持丸悦朗教授(以下「持丸教授」という。)のゼミ(持丸研究会)の学生は、毎年ほとんどは一流企業に就職するか、大学院に進学していた(平成二年から平成九年まで八年間の右ゼミ卒業生の就職先は、九二名中七一名が従業員一〇〇〇人以上の大企業及び上場企業であり、その余もほとんどが、大学院進学、上場企業の子会社、会計士等自由業、家業などに就業している。亡剛嗣のゼミ同期生も、全て大企業に就職した。)。

亡剛嗣は、本件事故以前、NTT等の大企業に就職したいと希望しており、持丸教授は、亡剛嗣が希望する進路に進むことは一〇〇パーセント可能であった、どのような大学、企業でも推薦はもちろん、強くバック・アップしたいと思っていたと述べている。

以上のようなことからすれば、亡剛嗣の逸失利益は、産業計千人以上大卒男子の賃金センサスに基づいて算出すべきである。

既に経過した平成一〇年六月三〇日までの逸失利益は、年収三三七万一六〇〇円として、中間利息を控除しないで計算した四二一万二一九〇円となり、これに、平成一〇年七月一日(二四歳)以降六七歳まで就労可能として、年収七六九万〇六〇〇円に、四パーセントのライプニッツ係数により算出した一億五六六六万二九〇五円を加えた総額から、生活費控除率を三〇パーセントとして減額すると、亡剛嗣の逸失利益は一億一二六一万二五六六円となる。

亡剛嗣は、大学卒業後は、卒業後直ちに大企業に就職し、網膜剥離により会社員としての労働が難しくなった原告清隆にかわり、家族(原告清隆、原告慶子、原告文湖の大学卒業時まで)を扶養する予定であったから、生活費控除率は三〇パーセントとすべきである。

逸失利益は、被害者が死亡しなかったのであれば、将来得られたであろう収入の喪失のことを意味し、仮に生活費を控除することが妥当であるとしても、事故発生時点のみならず、当該被害者の全生涯にわたる生活状況を斟酌して適正な率による控除がなされるべきことは論理的に考えて当然である。亡剛嗣は、三苫家の長男として、その将来を嘱望されていたのであり、亡剛嗣の豊かな人格と才能に鑑みれば、遠くない将来、結婚して子供をもうけ、幸せな人生を築いたに違いなく、日本人男性の平均初婚年齢が二八・五歳であることからすると、遅くとも二九歳以降の生活費控除率は三〇パーセントとすべきである。

なお、現在の経済状況(とりわけ金利水準)を考慮することなく、法定利率により中間利息を控除することは、加害者である被告らを不当に利することになり、原告らに極めて不利である。現在の金利水準からすると、損害賠償金を年五パーセントで運用することは不可能であり、金利水準が年利五パーセントに上昇し、それが継続する可能性もほとんどない。逸失利益の算定にあたり、インフレ加算をしない一方で、中間利息を年五パーセントの割合で控除することは、逸失利益の額を極端な低額に押しとどめるものであり、その不合理性は顕著である。中間利息の控除は年四パーセントのライプニッツ係数で行うべきである。

(三) 慰謝料 三〇〇〇万円

亡剛嗣は、洋々たる未来があったにもかかわらず、被告武石の無謀運転により、わずか二一歳でその生涯を閉じなければならなかった。亡剛嗣の無念に対する慰謝料は、三〇〇〇万円を下らない。

2 原告清隆固有の損害 合計 一二七七万四四〇六円

(一) 遺体搬送料 二万五七五〇円

(二) 葬儀費用 二四四万八六五六円

(三) 墓誌建立費 三〇万円

なお、亡剛嗣の父である原告清隆は、本件事故により亡剛嗣が死亡しなかったら、亡剛嗣の墓誌を建立することはなかった。

(四) 固有の慰謝料 一〇〇〇万円

亡剛嗣は、人格的に優れ、将来を嘱望された青年であったため、残された遺族の精神的な打撃は計り知れない。

また、亡剛嗣は、家族の要として、卒業後、原告清隆に代わり、家族を扶養する予定であった。原告清隆は、老後の精神的、経済的支柱を失ったのであり、その深甚な精神的打撃を慰謝するに足りる慰謝料は、一〇〇〇万円を下らない。

なお、被告武石は、本件事故から約三年間が経過した本訴提起まで、原告清隆、原告慶子、原告文湖に対し、亡剛嗣の死亡について、何ら哀悼の意を表したこともなく、謝罪もしていない。被告武石は、自らの過失による死者に対する畏敬の念が感じられる行為もしていない。被告武石の右態度は、右原告らの怒りを増幅するものであり、亡剛嗣の死亡に対する精神的な打撃をより増大させるものである。

3 原告慶子固有の損害 一〇〇〇万円

前記2(四)と同様の理由により、原告慶子の固有の慰謝料は一〇〇〇万円を下らない。

4 原告文湖固有の損害 三〇〇万円

前記2(四)の事情を考慮すると、亡剛嗣の妹である原告文湖の固有の慰謝料は三〇〇万円を下らない。

5 原告会社の損害 合計 二八二万五九一七円

(一) 原告車買替差額(全損) 二八一万三六六七円

(二) 運送費 一万二二五〇円

6 損害の填補 二八九九万一四九六円

原告清隆、原告慶子は、平成八年五月二七日、自賠責保険より、損害の填補として、三〇〇〇万三三〇〇円の支払いを受けた。

右金額に対する本件事故日から右支払日までの年五分の割合による金員は、遅延損害金として受領したものとして控除すると、損害の填補としては、二八九九万一四九六円を受領したものというべきであり、原告清隆、原告慶子は、その二分の一を、各自の損害に充当した。

7 弁護士費用 合計 一四二二万八四九二円

(一) 原告清隆 六九六万一六七一円

(二) 原告慶子 六六八万四二三〇円

(三) 原告文湖 三〇万円

(四) 原告会社 二八万二五九一円

8 各自の損害合計

(一) 原告清隆 七六五七万八三八二円

(二) 原告慶子 七三五二万六五三五円

(三) 原告文湖 三三〇万円

(四) 原告会社 三一〇万八五〇八円

(被告らの主張)

1 逸失利益における中間利息控除は、被害者の死亡時から、被害者が満六七歳まで稼働することを前提とした、長期的将来に対する予測の問題である。

現在の金利水準が極めて低利であったとしても、将来高利にならないとは限らない。逸失利益の算定自体が、蓋然性に対する判断であって、将来に対する蓋然性の問題は、現在の事象により左右されるべきではない。

中間利息控除が年五分とされているのは、民事法定利率(民法第四〇四条)に基づくものであり、加害者に不利な遅延損害金に関しても、現実の金利水準に関わらず年五分とされている。蓋然性に関して、問題になり得ない遅延損害金について、年五分の民事法定利率が堅持されているのであるから、将来的に大きな変動が予測される中間利息に関しては、年五分の割合による控除が妥当である。

2 亡剛嗣は、本件事故当時、独身の大学三年生であった。亡剛嗣が、大学卒業後、原告清隆に代わり一家の支柱になることはあくまで予定であって、生活費控除は五〇パーセントとするのが妥当である。

3 亡剛嗣が、将来どのような企業、職種に就職するかは、学生の間は未定というほかはない。亡剛嗣は本件事故当時、大学在学中であったから、大卒者の賃金センサスを用い、大学卒業予定時までの二年間分の中間利息を控除した上で、企業規模計による賃金センサスに基づいて逸失利益を計算することが公平の理念に合致する。

4 原告車の全損による損害は、本件事故当時の同種車両の時価である二六五万円が相当である。原告会社の簿価から算出すべきではない。

また、原告車は、本件事故前の自損事故により、車両右前部及び右側部に損害が発生していたのであるから、右部分の損害について、相当額の減額をすることが相当である。

5 自賠責保険の既払金に関しては、本件事故日から支払いまでの遅延損害金に充当すべきではない。

6 慰謝料額は過大であり、争う。

第五争点に対する判断

一  事故態様

1  甲四一、四三、乙一、二、七ないし一一、一三、一七、一九、二二、二三、三六、三七、四二、四四ないし四六、四八、被告武石本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件事故現場の状況について

本件事故現場は、本件道路上の、空港北トンネル出口南西約二キロメートル、多摩川トンネル入口北東約五〇〇メートルの地点であった。本件道路は、車道幅員一〇・七メートルの三車線道路で、左側には幅員二・五メートルの路側帯がある。道路はほぼ直線で、路面はアスファルトで舗装され、平坦で路面は濡れていた。車線境界線は、白色ペイントの破線で、路側帯と車線との境界線は、白色ペイントの実線で鮮明に標示されていた。最高速度は毎時八〇キロメートル、終日駐停車禁止の交通規制が行われていた。本件事故当日午前七時三〇分ころから行われた実況見分(以下「本件実況見分」という。)において、被告武石進路から前方の見通しは、視界を妨げるものはなく、約一五〇メートル先の障害物が視認できた。本件道路に設置された照明灯(照明灯番号第五二―〇一六四号〔以下「本件照明灯」という。〕)を基準として、大井方面に約五・八メートルの地点の縁石(地表から約二五センチメートルの高さにある。)に、長さ約一・四メートルの接触痕が、本件照明灯直前の縁石から神奈川方面に向かって約二・一メートルの接触痕が、本件照明灯から神奈川方面に約一一・九メートルの地点の縁石に、長さ約一・一メートルの接触痕が、本件照明灯から約一四メートルの地点の縁石に、長さ約四・三メートルの接触痕がそれぞれあった。本件照明灯から、神奈川方面に向かって約一三メートルの地点の中央分離帯ガードレールに、接触痕があった。本件照明灯から、神奈川方面に向かって約一三メートル、一四メートルの地点の路上に、各路面擦過痕があった。本件照明灯から、神奈川方面に向かって約一九・一メートルの地点に、四条の路上擦過痕があった。本件照明灯から、神奈川方面に向かって約一八・五メートルの地点の中央分離帯ガードレール支柱が曲がっており、原告車のテールランプが右支柱に付着していた。本件照明灯から、神奈川方面に向かって約一八・四メートルの地点の中央分離帯縁石下部分に、亡剛嗣の右側運動靴が、約三三・五メートルの地点に左側運動靴が落下していた。路面上には、スリップ痕はなかった(以上の縁石、ガードレールの接触痕、路面上の擦過痕を総称して、以下「本件擦過痕」という。)。

(二) 本件事故の捜査状況について

本件事故は、事故当日午前六時三五分ころ、本件事故現場付近を通行していた会社役員竹下賢一からの一一〇番通報により、警察が認知した。平成八年二月二九日、司法警察員尾形博史により作成された捜査報告書には、事故の種別欄に、「単独事故を起こして走行車線に停止中の自家用普通乗用自動車に後続の自家用普通乗用自動車が衝突」、目撃者(単独事故直後の現場の状況を目撃)欄に、「会社員榎本勝男」、事故の概要欄に、「(一)被疑者武石喜代二は、前記日時ごろ、前記自動車を運転し、前記場所先道路を大井方面から神奈川方面に向けて時速約八〇ないし九〇キロメートルで進行中、前方(進路)に普通乗用自動車を認めたが、同車が進路前方を同方向に進行しているものと判断して、同車の動静注視を欠いたまま進行したため、同車が停止しているのを、また同車の直近右側に三苫剛嗣が佇立しているのを直前に至って発見、急ブレーキをかけたが間に合わないで、同車と同人に衝突させて、同人を死亡させた」等と記載された。

亡剛嗣は、原告清隆を羽田空港に送り、帰宅する途中であった。

事故当日午前七時ころ、警察官二名が本件事故現場に到着したところ、本件事故現場には三角表示板等は設置されておらず、原告車のハザードランプは点灯していなかった。

平成八年二月一二日、榎本を立会人として、実況見分が行われた。榎本は、原告車が、本件事故現場に、進行方向とは反対側を向いて停止した状況を、原告車から約一三・三メートル離れた地点で目撃したこと、原告車は、本件照明灯より約一三・〇メートル離れた地点に停止していたと指示説明した。榎本が、本件事故直前に、停止していた原告車を見た際、原告車のハザードランプ等は点灯していなかった。亡剛嗣は、原告車の運転席で、原告車を転回させようとしていた。榎本が、停止していた原告車を初めて見た際には、付近には停止していた車両はなく、付近から発進加速していく車両はなかった。原告車のエアバックは作動していなかった。当時は、かなり強い雨が降っていたが、原告車と亡剛嗣の様子は榎本からはよく見えた。

本件事故当日、東京都監察医黒崎久仁彦が作成した亡剛嗣の死体検案調書には、死亡前後の状況・死亡前の経過・その他欄に、「本屍は本日午前六時三八分頃、普通乗用車を運転し、上記高速道路(三車線の最右側)を走行中、雨によるスリップ(推定)にて右方側壁に接触し、同車線上に停止してしまったとの由。様子を見るため、本屍が路上に出ていたところ、後続のワゴン車(ハイエース)が本屍の車輛に推定約七〇から八〇キロメートル毎時の速さで衝突したため、その反動で自分の車にはねとばされる形となったもの(とばされた距離約一五メートル)。救急搬送されるも、結局死亡確認に至ったもの。目撃者もおり、状況的には問題なさそうだとの由。右記所見より上記診断とする。」と記載された。

(三) 被告武石の捜査段階における供述について

(1) 被告武石は、本件実況見分において、第二通行帯から第三通行帯に進路変更を開始した地点は、亡剛嗣及び原告車と衝突した地点(以下「本件衝突地点」という。)から、約九三・一メートル離れた地点であり、進路変更が完了した地点は、約五八・六メートル離れた地点であり、その地点で原告車を発見した、その際、亡剛嗣は、原告車の運転席にいた、原告車が停止していたことに気付いた地点は、本件衝突地点から約二〇・一メートル離れた地点であり、その際、亡剛嗣は、原告車外の助手席側方にいた、衝突後、被告車は、本件衝突地点から約一一メートル離れた第二通行車線上に停止し、被告車前方に原告車が停止した、その後、水上車に追突された、亡剛嗣は、本件衝突地点から約二三・三メートル離れた中央分離帯植込みに倒れたと指示説明した。

(2) 平成七年九月一五日付けの司法警察員に対する被告武石の供述調書によると、被告武石は、取調べにおいて、本件事故当時、雨が強く降っており、どしゃぶりで、もやがかかっている状態で、前方の見通しはあまりよくなかったが、約一〇〇メートル先の障害物は確認できる状態であった、通行車両は少なく、流れはスムーズだった、時速約八〇キロメートルで走行していた、第二通行帯から第三通行帯に進路変更を開始した地点は、本件衝突地点から、約九三・一メートル離れた地点であり、進路変更が完了した地点は、約五八・六メートル離れた地点であり、その地点で原告車を発見した、その際、原告車は、ブレーキランプ、ハザードランプ等の灯火類は点灯していなかったので、前を走っているように見えたから、被告車のブレーキを操作していなかった、原告車が停止していたことに気付いた地点は、本件衝突地点から約二〇・一メートル離れた地点であり、その際、原告車は、前部が反対向きで、若干左側車線の方向を向いて、灯火類を点灯させずに停止していた、亡剛嗣は、原告車外の助手席側方にいて、左側車線方向に向かってゆっくりと歩いているように見えたので、衝突の危険を感じて急ブレーキをかけ、ハンドルを左に切ったが、ブレーキが効かないで滑走してしまい、ハンドル操作もできないまま、原告車と正面衝突した、亡剛嗣との衝突は、原告車との衝突に気をとられていたためよく見ていなかったが、立っていた位置から、原告車と衝突したと同時くらいに、衝突したと思うと供述した。

(3) 平成七年一一月一二日付けの司法警察員に対する被告武石の供述調書によると、被告武石は、取調べにおいて、本件事故当時、東京港トンネルを出てから、大井南付近を通過中、今まで降っていた雨とは異なり、雨のふり方がどしゃぶり状態となり、前方がかなり見ずらい状態になったことから、作動させていたワイパーを、回転が早くなるレバーに切替えて前方をよく見ながら、第二通行帯を走行していた、左右の車線の通行車両にも、いつもよりは気を付けて走っていた、急いでいるわけではなかったため、時速約八〇キロメートルで走行していた、本件事故現場付近に差し掛かった際、第三通行帯なら、左側を走行する車両のみに注意して走ればいいことから、気楽になれると考えて、進路変更した、進路変更する際には、方向指示器の右側を点灯させ、右のサイドミラーで後方の安全を確認した、前方の障害物、他の車両の割り込み等の障害を避けるために行ったわけではない、原告車を発見した際は、前を走っている車両だと思った、発煙筒、三角停止板、ハザードランプの点灯、前照灯の点灯等はなく、停車中の車であることの合図はなにもなかったので、そのままの速度で進行した、原告車が停止していることに気付いた際、原告車は進路前方の車線上に、進行方向とは逆方向に、車の前部が中央車線に向かって斜めに向いた状態で停止していた、ハザードランプ等、停止中であることを示す合図はなかった、同時に、亡剛嗣が、原告車外の助手席付近から車の前方に向かって、普通の歩き方で、下を向いたまま歩いているのが見えた、歩いている様子から、後続車両には気付いていない様子であった、原告車前部の傷を確認している様子であった、被告武石は、危ないと大きな声を出し、急ブレーキをかけて、ハンドルを左に切って衝突を避けようとしたが、ブレーキは作動せず、車も直進してしまい、原告車に衝突してしまったと供述した。

(4) 平成八年二月八日付けの司法警察員に対する被告武石の供述調書によると、被告武石は、取調べにおいて、本件事故当時、速度は、時速約八〇キロメートルであり、もう少し出ていたとしても、時速約九〇キロメートルくらいであった、サンダル履きで運転していた、雨がどしゃぶり状態で、古い型のワンボックスカーに合計六名乗車していたので、速度は出せないし、急いでいるわけではなかった、どしゃぶりの雨で、五人も同乗者がいたので、慎重に運転していた、被告車は、進路変更後、原告車に気付いたが、ハザードランプ等を点灯させていなかったこと、フロントガラスにどしゃぶりの雨が強く当たっていつもよりは前が見えにくい状態であったこと、原告車が黒っぽい色をしていたため、追い越し車線に合図なしに停止している車はまさかないだろうと思い、走行しているものと判断して、ブレーキ等は操作しなかった、実際には、進路前方に、反対向きに、斜めに停止していた、ハザードランプ、前照灯、ウインカー等の灯火類は全く点灯していなかった、亡剛嗣は、車の方を向いて、横向きで立って、少し前かがみになって、車の左前輪を前から見ているような動作をしていた、被告車には全く気付かない様子で、そのままの姿勢で立っていた、衝突の危険を感じて、咄嗟に、危ないと大きな声を出し、ブレーキを思い切り踏み込み、ハンドルをすぐに左に切った(クラクションを鳴らす余裕まではなかった。)が、ブレーキは効かず、左に進路変更することなく直進してしまい、原告車と亡剛嗣に衝突した、被告車の右フロントガラス右端付近が、亡剛嗣の左顔面あたりに衝突して、フロントガラスにびしっという音がした、衝突した際の衝撃が激しく、上半身をハンドルにぶつけたので、目の前が見えなくなり、亡剛嗣が跳ね飛ばされた方向や、原告車が衝突後にどのように移動して停止したかはわからなかったと供述した。

(5) 平成九年六月九日付けの検察官事務取扱副検事に対する被告武石の供述調書によると、被告武石は、取調べにおいて、本件事故当時、どしゃぶりの雨であったが、交通量はさほど多くはなく、前方約一〇〇メートルくらいの見通しはきく状況だった、急ぐ必要性はなかったので、時速約九〇キロメートルで走行していた、雨の中での運転であったから、真ん中の車線よりは、追い越し車線の方が、後ろから来る車に対して左側だけを注意すればいいと思い、追い越し車線に車線変更した、車線変更が終わるとすぐに、進路前方に車があることに気付いた、最初は走行しているものと思ったが、だんだんと大きく見えてきたので、停止していることがわかった、停止している原告車の右横に亡剛嗣が立っていて、原告車の方をのぞき込んでいるのが分かった、急ブレーキをかけるとともに、ハンドルを左に切って避けようとしたが、ブレーキが効かずハンドルも切れない間に、原告車と亡剛嗣に正面衝突してしまった、原告車は、ハザードランプを点灯させたり、三角停止板を設置していなかったので、停止していたことがわからなかった、原告車が逆向きに停止していたことは、本件事故後、警察官から説明を受けたと供述した。

(6) 平成一一年一一月三〇日、本件第七回口頭弁論期日の被告武石本人尋問において、被告武石は、本件事故当時、本件道路はすいていた、羽田のトンネルを出た辺りではどしゃぶりだった、ワイパーは、早い速度で作動させていた、路面には、水が溜まっていた、追い越し車線への車線変更は、理由がなく行った、車線変更後、原告車に気付いたが、前方を走っていると思った、原告車が反対向きに停止していたことは、本件事故後、警察官から聞いて初めて知った、原告車は、ハザードランプを点灯させておらず、三角停止板も設置されていなかった、亡剛嗣は、原告車の助手席の脇で、車をのぞき込むようにしていた、亡剛嗣は、被告車に気付いた様子はなかった、原告車が停止していたことに気付いた地点は、本件衝突地点から約二〇メートルしか離れていなかったが、まさか追い越し車線に車が停止していたとは思わなかったので、二〇メートル前になるまで気付かなかった、本件事故当時、被告車を、時速約八〇キロメートルから九〇キロメートルで運転していた、急ブレーキを踏み、ハンドルを切ったが、間に合わなかった、スリップをしたかどうかはわからなかったと供述した。

(四) 事故車両について

(1) 被告車は、自家用普通乗用自動車(トヨタ・ハイエース平成元年式)であり、車長約四・六〇メートル、車幅約一・六九メートル、車高約一・九六メートル、乗車定員八名、運転席右側、塗色銀色、ブルーメタリック色等で、本件事故後、ハンドル、ブレーキ、灯火類関係の点検は、車両損傷のため実施できなかった。主たる損傷部位は、前部バンパー、フロントグリル相当部、フロントパネル部の凹損、左右後部フェンダーの凹損の他、右側側面部は、全体的に凹損、擦過が認められた。フロントガラスは脱落していた。被告車のワイパースイッチはローの位置に入っており、アクセルペダルは根元から折損し、速度計は「〇」に戻っていた。三速オートマチックのギアは、セカンドの位置に入っていた。

被告車のフロントガラスは、高さ約〇・八七メートル、上端の幅約一・三四メートル、下端の幅約一・五六メートルで、フロントガラス上端に約八センチメートル幅で薄緑色の遮光部分が設けられていた。

フロントガラスは、全面にわたり破損しており、衝撃の程度が大きかったと思料されたが、運転席から向かって右端から約五〇センチメートル、下端から約一五センチメートル部分を中心に、円形状に破損が認められた。右端から約三八センチメートル、下端から約二六センチメートルの部分に、長さ約一・五センチメートル、幅約一・五センチメートルの、右端から約四一センチメートル、下端から約二三センチメートルの部分に、長さ約一・五センチメートル、幅約〇・五センチメートルの表皮様の物が付着しており、右端から約三三センチメートル、下端から約三六センチメートルの部分に、長さ約一センチメートルの毛髪様の物が五本、右端から約三五センチメートル、下端から約四三センチメートルの部分に、長さ約一センチメートルの毛髪様の物が五本、右端から約四〇センチメートル、下端から約二五センチメートルの部分に、長さ約一・二センチメートルの毛髪様の物が一本、右端から約四七センチメートル、下端から約三五センチメートルの部分に、長さ約二・五センチメートルの毛髪様の物が一本付着していた。

(2) 原告車は、自家用普通自動車(ニッサン・シーマ平成五年式)であり、車長約四・九四メートル、車幅約一・七八メートル、車高約一・四三メートル、乗車定員五名、運転席右側、塗色紺色であり、本件事故後、ハンドル、ブレーキ、灯火類関係の点検は、車両損傷のため実施できなかった。損傷部位は、フロントバンパー、左後部バンパーが脱落しているほか、車両前部(インナーバンパー曲折、ボンネット曲損、左右フロントライトレンズ破砕脱落、電球破砕、フロントガラスひび割れ等。)、車両左側面(左前部ドア付近に塗膜を削り取るような凹損擦過、緑色塗膜の付着、青色塗膜の付着、赤色塗膜の付着、左後部タイヤバースト、タイヤサイドウオール部一部擦過、ホイール部一部擦過等。)、車両後部(後部バンパー折損欠落、シャーシバンパー取付部左側端が押し上げられている。トランクリッド部は、トランク先端から曲折し、一部塗膜の剥離がみられ、開放したままであった。)に損傷がみられる大破状態であった。左前輪が曲損している他、エンジン部分損傷のため、走行実験、制動機能実験は実施できなかった。なお、原告車のギアはパーキングになっていた。

原告車は、ABS標準装着車であった。エアバックは、東両後方からの衝撃では作動しないが、エンジンキーがONの状態であれば、衝突時に電気系統が故障していてもエアバックは作動する。ギヤがドライブの状態であっても、前後輪とも、タイヤが反対向きに回転することはありうる。

(五) 被告武石の刑事、行政上の処分について

被告武石は、本件事故に関して、略式裁判により、罰金五〇万円に処せられた。行政上の処分は、平成八年五月八日、警視庁高速隊から警視庁運転免許本部に書類送致されたが、運転免許本部が書類の処理を失念していたため、平成一二年一月二八日、原告清隆、原告慶子が運転免許本部本部長に対して、「被疑者武石喜代二の業務上過失致死事件に対する行政処分についての意見書兼要望書」を提出した。

2(一)  自動車運転者としては、走行中、前方を注視し、自車を安全に運転する注意義務があるところ、被告武石は、右注意義務を怠り、前方を注視することなく被告車を運転し、第三通行帯に停止中の原告車及び亡剛嗣を直前に発見したが、適切な回避措置を講ずることができないまま衝突し、亡剛嗣を死亡させ、原告車を大破させたのであるから、被告武石に過失があることが認められる。

この点、被告らは、前方に停車中の原告車を発見したため、急制動の措置をとり、かつハンドル転把により衝突を回避しようとしたが、折からの降雨により、制動、転把とも思うにまかせず、原告車付近に佇立していた亡剛嗣及び原告車に衝突したものであると主張し、捜査段階における被告武石の供述調書には、雨がどしゃぶりで、もやがかかったような状態であったため、前方の見通しがあまりよくなかった、高速道路の追い越し車線に停止している車両があるとは思わなかった、原告車が反対向きに停止していることに気付いたのは、本件衝突地点の約二〇メートル手前であり、急ブレーキを踏み、ハンドルを左に切ったが、そのまま直進してしまい、原告車と亡剛嗣に衝突してしまったとの記載がある。

しかし、本件事故現場付近の本件道路は、直線が続いていること、本件事故後約一時間経過後の本件実況見分において、約一五〇メートル先の障書物が視認できたこと、被告車のワイパースイッチはローの状態であったこと、被告武石の捜査段階における供述は、亡剛嗣を発見した際の状況(亡剛嗣が原告車の前をゆっくり歩いていたという供述と、原告車の傷をのぞき込んでいたという供述があるが、証拠上、本件事故直前の亡剛嗣の行動、姿勢等は不明というべきである。)、原告車が反対方向を向いていたことに本件事故前に気付いていたか否か(本件衝突地点の約二〇メートル手前で気付いたという供述と、本件事故後、警察官から聞いて初めて知ったとの供述がある。)等、重要な部分で変遷が見られること(なお、被告武石本人尋問においても、被告武石は、本件事故当時の見通し等について、不明確な供述をした。)等からすると、仮に被告武石の捜査段階における供述のとおり、被告武石が、約二〇メートル手前の地点で原告車及び亡剛嗣を発見し、回避措置を講じていたとしても、高速道路において高速走行中、右地点に至るまで原告車及び亡剛嗣に気付かなかったこと自体、被告武石の過失と認められるのであって、被告武石が前記の回避措置を行ったか否かは、右結論を左右するものではない。

なお、原告らは、被告武石が本件事故当時、居眠りあるいは半覚醒状態で時速一〇〇キロメートルを超える速度で被告車を運転していたと主張するが、右主張を認めるに足りる的確な証拠は存在しない。

以上からすると、被告武石は、民法七〇九条に基づき、被告会社は、被告車の保有者であり、これを運行の用に供していたのであるから、自動車損害賠償保障法三条に基づき、また、被告会社は、被告武石の使用者であるから、民法七一五条に基づき、本件事故により亡剛嗣及びその両親、妹、原告車の所有者である原告らが被った損害を賠償する義務があるというべきである。

(二)  原告車が、本件事故現場に、進行方向とは逆向きに停車した原因については、証拠上明らかでない。

この点について、原告らは、原告車は榎本が、本件事故に先立ち、どかーんという音を聞いたこと、本件事故現場の状況、交通状況、本件擦過痕、原告車の損傷部位、原告車がABS装着車であったこと、亡剛嗣の慎重な性格等からすると、本件事故に先立ち氏名不詳者の運転する後続車両に追突当て逃げされたため、その衝撃により半回転して本件事故現場に進行方向とは反対向きに停止したと主張し、右追突当て逃げ事故の存在及び本件事故が被告武石の一方的な過失に基づくものであることを立証するための証拠として、走行実験を行う等し、日本交通事故鑑識研究所工学士大慈弥雅弘作成の鑑定書(甲九)、写真撮影報告書(甲一二)、写真撮影報告書(2)(甲一九)、写真撮影報告書(3)(甲二〇)、写真撮影報告書(4)(甲二七)、写真撮影報告書(5)(甲三一)、「車線変更実験再現図」作成報告書(甲三二)、「被害者と加害車両の相対位置図」作成報告書(甲三三)、原告清隆の陳述書(甲三四)、倉本英幸の陳述書(甲三七)、竹下賢一の陳述書(甲三八)、ビデオテープ(甲三九)、反論書(甲四四)等を提出する。

他方、被告らは、本件擦過痕、榎本も、どかーんという音を聞いた後、本件事故現場付近に停止していた車両や、発進加速した車両を見ていなかったこと等から、亡剛嗣は原告車を運転中、降雨、あるいは何らかの原因でハンドルを取られ、中央分離帯の縁石等に接触して、ハンドル操作の自由を失い、反転し、ガードレールの支柱等に衝突して、どかーんという音を出した上で停止したものであると主張し、住友海上損害調査株式会社技術部長菅谷内義久作成の意見書(乙四三)を提出する。

しかし、原告車が本件事故現場に停止するに至った具体的な状況を目撃した者はいないこと(榎本も、本件事故現場付近に停止していた車両や、発進加速した車両等、原告車に追突当て逃げしたと思われる車両を目撃したわけではない。)、本件事故後、本件道路を、追突当て逃げの痕跡が存在する車両が走行していた、あるいは、料金所の係員が、交通事故を起こしたと思われる車両を目撃した等の情報は、本件事故に関する刑事記録からもうかがわれないこと、本件事故の原因を解明する根拠となる客観的証拠は、本件擦過痕、原告車、被告車の損傷状態等であるが、原告車、被告車とも、本件事故による衝撃及び水上車が衝突した際に損傷を受けており、いつ、どのような衝撃が加わり、どのような損傷を受けたかを客観的に判別することは困難であること、ABS装着車であるから横滑りすることはない、亡剛嗣が日ごろ慎重な性格であったから原告車が停止した原因は亡剛嗣の過失に基づくものではない等の原告の主張は、いずれも推測以上のものとはいい難いこと、走行実験自体、本件事故と同一の状態を再現したものであるとする根拠はなく、類似の状況のもとに行ったとしても、原告の主張の裏付けとして意味を有するとはいえないこと(亡剛嗣の動作等についても目撃者がいないのであるから推測の域を出ない。)、前記の鑑定書、意見書等は、いずれも本件擦過痕、原告車及び被告車の損傷状態等から事故の態様を推測したものであるが、推論の過程及び結論はそれぞれ異なり、原告ら被告ら双方の主張に沿った推測が、一定の前提を立てた場合に可能であるといえる以上に、本件事故の態様等を正確に確定したものとは到底いえず、右鑑定書等によっては本件事故の態様等を判断することもできない。以上結局、原告車が本件事故現場に停止した原因は、不明であるというほかはない(その他、原告車が停止した原因を明らかにする証拠はない。)。

二  過失相殺

前記のとおり、原告車は、降雨のために路面が濡れていた高速道路である本件道路の第三通行帯に、進行方向とは逆向きに停止していたのであるから、本件事故の発生について亡剛嗣にも過失が認められ、損害の公平な分担の見地から、本件に顕われた一切の事情を勘案すると、二割の過失相殺をするのが相当である。

この点について、原告らは、原告車は、追突当て逃げにより停止したのであり、亡剛嗣には過失が認められない、本件事故は、前方注視を怠り、漫然と被告車を運転し、かつ、回避措置を全くとらなかった被告武石の一方的過失により発生したと主張する。

しかし、前記のとおり、原告車が停止した原因は不明であること、被告武石が、直前まで原告車及び亡剛嗣を発見しなかった過失は重大であるが、だからといって、高速道路の車線上に停止していた原告車、その付近にいた亡剛嗣との関係において、本件事故が被告武石の一方的な過失により発生したとはいえないこと等からすると、原告らの主張は採用できない。

三  損害

1  亡剛嗣の損害 合計 七二三六万四五六二円

(一) 入院関係費 六万三五四〇円

甲二二及び弁論の全趣旨によると、亡剛嗣は、入院関係費として、六万三五四〇円を支払ったことが認められる。

(二) 逸失利益 五四三〇万一〇二二円

第三の一1のとおり、亡剛嗣は、本件事故当時二一歳の男子大学生であった。

そこで、亡剛嗣の逸失利益については、平成七年賃金センサス男子労働者大学卒の全年齢平均賃金六七七万八九〇〇円を基礎収入とし、生活費控除割合を五割とし、二二歳から六七歳まで就労可能として、五パーセントのライプニッツ方式により中間利息を控除して算出するのが相当であり、右金額は以下のとおり五四三〇万一〇二二円となる。

原告らは、亡剛嗣は、心身共に健康であり、学業優秀、人格高潔で高く評価されていた、卒業後は大企業に就職することが確実であった、持丸研究会の学生は、毎年ほとんどは一流企業に就職するか、大学院に進学していた、亡剛嗣は、本件事故以前、NTT等の大企業に就職したいと希望していた、持丸教授は、亡剛嗣が希望する進路に進むことは一〇〇パーセント可能であった、どのような大学、企業でも推薦はもちろん、強くバック・アップしたいと思っていたことなどからみて、亡剛嗣の逸失利益は、賃金センサスの産業計千人以上大卒男子平均賃金に基づいて算出すべきである、亡剛嗣は、大学卒業後は、卒業後直ちに大企業に就職し、網膜剥離により会社員としての労働が難しくなった原告清隆にかわり、原告らを扶養する予定であったから、生活費控除割合は三〇パーセントとすべきである、亡剛嗣は、三苫家の長男として、その将来を嘱望されていたのであり、亡剛嗣の豊かな人格と才能に鑑みれば、遠くない将来、結婚して子供をもうけ、幸せな人生を築いたに違いなく、日本人男性の平均初婚年齢が二八・五歳であることからすると、遅くとも二九歳以降の生活費控除率は三〇パーセントとすべきであるなどと主張し、原告清隆の陳述書(甲二八)、原告慶子の陳述書(甲一五、二四)、原告文湖の陳述書(甲五)、持丸研究会卒業生就職先一覧(甲七)、持丸教授作成の報告書(甲八)、持丸研究会卒業生名簿(甲一四)、亡剛嗣ら作成の「ADVENTURS」と題するレポート(甲一六の一及び二)、「五〇年」と題する冊子(甲一七)、電子メール(甲二六の一ないし三)等を提出する。

しかし、交通事故における損害額の算定は、個別事情など不確定要素の多くを捨象して類型化、定型化しすることによって、公平、迅速な判断が担保されており、本件において、原告らが主張する右各種の原告ら固有の事情は、右にいう不確定要素に属するというべきであって、亡剛嗣の逸失利益の算定要素として特に考慮することは相当でないというべきである。

なお、原告らは、中間利息の控除は年四パーセントのライプニッツ係数を基にするべきであると主張し、神戸大学経営学部教授経済学博士(平成一〇年一二月六日当時)、姫路獨協大学経済情報学部教授、神戸大学名誉教授経済学博士(平成一一年八月二〇日当時)二木雄策作成の意見書(甲六、甲一八)なる文書を提出するが、右見解は当裁判所の採用するところではなく、中間利息の控除に関しては、年五分のライプニッツ方式によることとする。

(計算式)

六七七万八九〇〇(円)×(一-〇・五)×(一七・八八〇〇-一・八五九四)=五四三〇万一〇二二(円)

(三) 慰謝料 一八〇〇万円

本件事故の態様その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、亡剛嗣の死亡に伴う慰謝料は、一八〇〇万円が相当である。

2  原告清隆の固有の損害 合計三二二万五七五〇円

(一) 遺体搬送料 二万五七五〇円

甲二二号証及び弁論の全趣旨によると、原告清隆は、亡剛嗣の遺体搬送料として、二万五七五〇円を支出したことが認められる。

(二) 葬儀費用、墓誌建立費等 合計一二〇万円

本件事故と因果関係がある亡剛嗣の葬儀費用及び墓誌建立費は、これを一二〇万円と認めるのが相当である。

甲第二二号証及び弁論の全趣旨によれば、葬儀費用等は原告清隆がこれを支出したものと認められる。

(三) 慰謝料 二〇〇万円

本件事故の態様その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、亡剛嗣の死亡に伴う原告清隆の慰謝料は、二〇〇万円と認めるのが相当である。

3  原告慶子の損害

本件事故の態様その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、亡剛嗣の死亡に伴う原告慶子の慰謝料は、二〇〇万円と認めるのが相当である。

4  原告文湖の損害

本件事故の態様その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、亡剛嗣の死亡に伴う原告文湖の慰謝料は、二〇〇万円と認めるのが相当である。

5  原告会社の損害 合計二八二万五九一七円

(一) 原告車買替差額(全損) 二八一万三六六七円

前記のとおり、原告車は、本件事故により、大破し、全損したものと認められる。甲四七の一ないし三及び弁論の全趣旨によれば、原告車が全損となったことに基づく原告会社の損害は、二八一万三六六七円と認められる。

なお、前記のとおり、原告車の損害は、原因不明の原告車の停止、被告車の衝突、水上車の衝突と、様々な原因により発生しており、どの段階で、どの部分が、どの程度損傷したかは明かでないことからすると、右に反する被告らの主張は採用できない。

(二) 運送費 一万二二五〇円

甲二一の二、三及び弁論の全趣旨によると、原告会社は、原告車の運送費として、一万二二五〇円を支出したことが認められる。

6  相続

前記第三の一2のとおり、原告清隆及び原告慶子は、前記の亡剛嗣の損害賠償請求権を各二分の一(三六一八万二二八一円)ずつ相続したことが認められる。

7  小計

(一) 原告清隆 三九四〇万八〇三一円

(二) 原告慶子 三八一八万二二八一円

(三) 原告文湖 二〇〇万円

(四) 原告会社 二八二万五九一七円

8  過失相殺

前記のとおり、本件事故の発生には、亡剛嗣に二割の過失が認められる。そこで、原告ら各自の損害から、二割を控除すると以下のとおりとなる。

(一) 原告清隆 三一五二万六四二四円

(二) 原告慶子 三〇五四万五八二四円

(三) 原告文湖 一六〇万円

(四) 原告会社 二二六万〇七三三円

9  損害の填補 二八九九万一四九六円

甲二三及び弁論の全趣旨によれば、平成八年五月二七日、原告清隆及び原告慶子は、本件事故による損害の填補として、自賠責保険金三〇〇〇万三三〇〇円を受領したことが認められる。本件事故発生日から自賠責保険金の受領日までの民法所定の年五分の割合による遅延損害金は本来被告らが負担すべきものと認められるから、右遅延損害金を控除すると、損害の填補としては、二八九九万一四九六円を受領したものというべきであり、その二分の一(一四四九万五七四八円)ずつを、原告清隆及び原告慶子の損害にそれぞれ充当すると、原告清隆及び原告慶子の損害は以下のとおりとなる。

(一) 原告清隆 一七〇三万〇六七六円

(二) 原告慶子 一六〇五万〇〇七六円

10  弁護士費用

本件訴訟の難易度、認容額、審理の経過等の事情に照らすと、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害額は、原告清隆につき一七〇万円、原告慶子につき一六〇万円、原告文湖につき一六万円、原告会社につき二二万円と認めるのが相当である。

11  損害額合計

(一) 原告清隆 一八七三万〇六七六円

(二) 原告慶子 一七六五万〇〇七六円

(三) 原告文湖 一七六万円

(四) 原告会社 二四八万〇七三三円

第六結論

以上のとおりであるから、原告清隆の請求は、被告らに対し、連帯して、一八七三万〇六七六円及びこれに対する平成七年九月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める限度で、原告慶子の請求は、被告らに対し、連帯して、一七六五万〇〇七六円及びこれに対する平成七年九月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、原告文湖の請求は、被告らに対し、連帯して、一七六万円及びこれに対する平成七年九月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める限度で、原告会社の請求は、被告らに対し、連帯して、二四八万〇七三三円及びこれに対する平成七年九月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があるから右各限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却する。

(裁判官 池田亮一 梶智紀 荒井章光)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例